仏の顔も三度まで
- 真光寺
- 5月12日
- 読了時間: 2分
かなり日中の気温が上がり、副住職は冬物の衣を着ていると暑さも感じるようになった今日この頃、檀信徒の皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
気温の変化や気圧の変化に身体が付いていかずに体調を崩される方も出てきております。体調管理には充分に気を付けてまいりましょう。
さて突然ですが、クイズです!
物事の回数を数える際の助数詞に「回」と「度」がありますが、これらはどのようにして使い分けられているのでしょうか?
「三度目の正直」や「二度とない」と言いますが、「三回目の正直」や「二回とない」とはあまり聞いたことがありませんし、なんとなく違和感がありませんか?
逆に昨年末放送された紅白歌合戦は「第76回」だったそうですが、「第76度 紅白歌合戦」とは言いませんね。
どちらも物事の回数を数えているにもかかわらず、お互いに言い換えることはできないのであれば、何かしら理由があって使い分けがされているはずですよね。
この使い分けとは…
「回」を使う場合は次の回数が期待されている、または起こることがある程度決まっている場合に使用し、「度」は次が期待されていない、起こると思わない場合に使用しているそうです。
先ほどの例を考えてみると紅白歌合戦は毎年年末に放送されており、おそらく今年の年末にも「第77回 紅白歌合戦」が行われるであろうと考えられます。このように私達の頭は脳内で次があるだろうなと考えているかどうかによって「〇回」と言うか、「〇度」と言うかを使い分けしているということになります。
いやぁ…私達の頭は無意識のうちにそのような使い分けをしているなんて…すごく頑張っているなぁと思いますね。
さてそれでは、仏教用語に関して考えてみると、いかがでしょうか。
タイトルにある「仏の顔も三度まで」。
「度」を使用した仏様に関することわざですね。
仏様と言えど三回までしか許してはくださらないということがきっぱりと言われているわけです。充分に気を付けていかなければなりませんね。
「回」を使用した仏教に関連した言葉と言えば「〇回忌」というのがありますね。三回忌、七回忌と亡くなった方の御回向の法事を厳修していくわけですが、これらは三度忌、七度忌ではありません。すなわちそこで終わりではなく、その後も御回向をしていくぞという気持ちで行っていくものです。昔の人は日本語を上手に作ったものだなと思いますが、今一度このような基本に立ち返り、亡き人の弔いの気持ちを持って御法事へと御参列頂ければと思います。
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