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御法語

今月の御法語を紹介いたします。


特留此経

 双巻経の奥に、「三宝滅尽の後の衆生、乃至一念に往生す」と説かれたり。善導、釈して曰く、「万年に三宝滅して、此の経、住まること百年、爾の時、聞きて一念すれば、皆まさに彼こに生ずることを得べし」と云えり。

 この二つの意をもて、弥陀の本願の、広く摂し、遠く及ぶ程をば知るべきなり。

 重きを挙げて軽きを摂め、悪人を挙げて善人を摂め、遠きを挙げて近きを摂め、後を挙げて前を摂むるなるべし。

 まことに大悲誓願の深広なる事、たやすく言をもて述ぶべからず。心を留めて思うべきなり。

 抑このごろ末法に入れりといえども、未だ百年に満たず。我ら罪業重しといえども、未だ五逆を造らず。然れば、遥かに百年法滅の後を救い給えり。況やこのごろをや。広く五逆極重の罪を捨て給わず。況や十悪の我らをや。

 ただ三心を具して、専ら名号を称すべし。


現代語訳

 『無量寿経』の末尾に、「三宝が滅びた後の人々も、わずか一度の念仏で往生する」と説かれています。善導大師はこれを解釈して、「末法一万年の後、仏・法・僧の三宝が滅びても、この経だけは百年間、世に留まる。その時に阿弥陀仏の名号を聞き知り、一声でも念仏すれば、だれでもかの極楽浄土に往生することができる」と述べています。

 これら二つの文意から、阿弥陀仏の本願が、いかに幅広い人々を包みこみ、いかに遠い未来にまで及ぶかを理解すべきです。

 これは罪の重い者を挙げて軽い者を含め、悪人を挙げて善人を含め、遠い未来の者を挙げて近い将来の者を含め、末法一万年以降の者を挙げてそれ以前の者を含めているのでしょう。

 まことに〔阿弥陀仏の〕大いなる憐れみにもとづく誓願が、いかに深く広く行き届いているかは、たやすく言葉に表わすことなどできません。心を傾けて推し量るべきです。

 そもそも、今は末法の時代に入ったとはいえ、まだ百年も経っていません。私たちの犯した悪業は重いとはいえ、五逆罪までは造っていません。それゆえ、遠く三宝が滅んだ後の百年間の者をもお救いになるのです。まして今の時代の私たちをお救いにならないはずはありません。幅広く五逆というこの上なく重い罪を犯した者までお見捨てにならないのです。まして十悪を犯した程度の私たちを、お見捨てになるはずはありません。

 ただ、三心を〔欠くことなく〕具えて、ひたすら〔阿弥陀仏の〕名号を称えるべきです。

 
 
 

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